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筆者 『仲津真治』 |
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| このページは、ココロの個別詳細記事です。 |
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カテゴリー:文化・社会 |
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| 阪神・淡路大震災から九年 |
| 〜 「自ら被災し、対策に奔走した日々」防災の集い:第四回のこと 〜 |
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平成16年1月
茨城県南の取手を中心とした地域では、切迫しているとされる南関東地域の直下型地震などを主に念頭におきながら、「防災を考える市民の会」、これを発展させて、「防災を進める会」をつくり、地域での防災に取り組んで参りました。
これまで、身近な防災、まちづくりと防災、広域防災などの各テーマ毎に、防災の集いを開催して参りましたが、この度は、四回目の集いとして、茨城県消防協会や取手市の後援を得て、この一月の末日に、
「阪神・淡路大震災から九年・・自ら被災し、対策に奔走した日々を聞く・・」
防災の集いを開催させて頂いたところです。
出席者は、地元の取手始め、茨城県南各地はもとより、県北、県西、さらに、千葉、東京、愛知など遠方にも及び、その数は予想の三倍近くになりましたので、急遽、各テーブルの席数を増やし、椅子席も多数用意させて頂いたくらいです。
阪神・淡路大震災から九年経つとは言え、あらためて、あの大地震のもたらしたものの深さを知るとともに、関心の大きさを再認識致しました。
また、国会、政府、茨城県始め、各方面・各位からも思いのこもったメッセージや祝電を頂きましたのも、同様の背景があると拝察しております。 心より、感謝しているところです。
さて、そうして開かれた集いですが、誠に充実したものとなりました。 中味は濃く、凄まじい体験談でした。 講師の柴田国土交通省総括審議官には、休日を返上して取手まで来て頂き、発災当時の兵庫県都市住宅部長として、自らも被災した恐怖の体験に始まる凄まじい日々を語って頂きました。
始めは、大きな振動装置の上に乗っている夢かと思っていたら、物がどんどん落ちてきて現実と知ったこと、 それでも、なかなか地震とは思えなかったこと、 真っ暗闇の中、兵庫県庁に灯りがともっていたのを彼方に見て、ほっとしたこと、急ぎ、出勤しても数名しか来ておらず、電話、緊急回線などいずれも通じず、何処とも連絡が付かなかったこと、至る所、道路が閉塞している中、知事を迎えに行き、午前八時過ぎに県庁に戻り、災害対策本部を立ち上げたこと等に始まり、
それからの二年余りの体験、避難所、仮設住宅づくりなどの応急対策、復旧・復興の取り組み、特例立法の要望と実現、再建対策の中味について、当初、非難を浴びながら説得に務め、理解を得て行ったことなど、苦労の数々が語られました。
それは、災害対策に当たるべき地域の中枢機関自体が被災したときの打撃の大きさと深刻さを、如実に物語るものでした。
また、隣の府県に限らず、茨城始め、公民に亘り、全国各地からの支援、応援は、実に有り難かったとのことでした。 ひとつひとつ、思い出しながら、時折、涙声になることもある熱弁に、出席者一同、真剣なまなざしで、聴き入っていました。
「まるで、自分が体験の主人公になっているようだった」と、リアルな印象を語ってくれた方がいますが、それほど、心に刻まれるのでした。 講師御本人が「実は、あまり語りたくないのですが、・・」と始めに話していたことが、あらためて、よく分かりました。
お陰様で、ひと渡り話が終わった後の質疑ややり取りも、身近に震災を意識したテーマから、広域の交通網の課題に至るまで、極めて内容のあるものとなりました。
有り難う御座いました。
さて、阪神淡路と同じタイプの南関東直下型地震の切迫性が指摘され、茨城県南部は、その想定区域の中に入っています。 また、東海大地震のみならず、東南海、南海の巨大地震が現実味を帯びて論じられるようになっています。
こうした状況に鑑み、今回で四度目の、この防災の集いを、一同、これからも続けていこうと考えております。 これからも、皆様方から、広く、ご教示・ご指導頂きたいと思いますし、各々、自立・自助の精神で取り組み、いざというときに向け、助け合い、連携・連帯出来ればと存じますので、よろしく、お願いします。
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